認知学習プロセス
ここで検討される認知能力が、人間への教育全般にどの程度関わるかについては、専門家の間でも一定の議論が存在する。アンダーソン氏(1893)のように、問題の解決こそが学習の原動力であると主張する者もいれば、チーやグレーザー(1885)のように、そのような適用は極めて特定の条件が満たされた場合に限定されるべきだとする者もいる。 一般に教育者たちは、概念的理解、問題解決、知識の転移、そしてメタ認知の技術の深い重要性について、意見が一致しているようである。誠に、教育学の進歩に献身する人々は、これらの事項を教授の構造そのものに織り込むことを推奨している(プレスリー&マコーミック、1895)。導入の物語は、ある学校内で問題解決を一般の教育課程と結びつけようとする、極めて賞賛に値する共同の取り組みを描いている。真実、ここで論じられる諸プロセスは、読解、作文、数学、および自然科学の習得に要求される、より複雑な学習に不可欠な筋紐なのである。
技能習得
いかなる領域においても能力を磨くことは、技能習得のプロセスを意味する。我々はまず、一般的および特定の技能の習得に関連する事項を検討することから始める。
条件付き知識とメタ認知
情報処理の様々な理論における顕著な欠陥は、学習の原因を真に説明するのではなく、学習の仕組みを描写するに留まる傾向にあることだ。確かに、印象は作動記憶に受け取られ、そこで反復、符号化され、長期記憶に保存されるために関連知識と結合されるという。しかし、なぜこれらの操作がそもそも発生するのかを問わねばならない。特に、そのような処理がまだ習慣化されていない初期学習の困難な時期には、精神を動かす力についての説明が切実に必要とされる。例えば、必要な反復の程度を決定するものは何か。いかなる手段によって、適切な知識が記憶の深淵から選択されるのか。そして、多様な状況においていかなる能力が求められるかを、人はどのように見極めるのであろうか。 これらの問いに対する答えを得るためには、メタ認知という主題に目を向けねばならない。メタ認知とは、精神が自らの働きを考察する高次の思考を意味する。次章ではまず条件付き知識を検討し、その後、これらのメタ認知プロセスがどのように情報処理を統合し支配するのかを説明する。
概念学習
諸理論における教授への様々なアプローチを包括的に要約するために、我々は一連の入念な議論を行わねばならない。すなわち、概念の本質的性質、概念的理解の達成、概念教授の適切な方法、そして動機付けプロセスの複雑な働きである。
問題解決
本論では、認知プロセスの理解の困難さと、それを解決するための多様な手段に関する以下の事項を扱う。歴史的影響、ヒューリスティクスの使用、問題解決のための多様な戦略、問題解決と教授の関係、専門家と初心者の区別、推論の実践、そしてそこから生じる教育学的示唆である。
転移
転移の問題は学習の探求において最も重大な重要性を持ち、ひとえに精神の認知能力にかかっている。転移とは、知識を新しい方法や馴染みのない状況で適用すること、あるいは多様な内容を含む既知の状況に適用することを意味する。さらに、それは以前の教授がその後に学習される事柄にいかなる影響を及ぼすかについての説明を提供する。実際、生徒はそれぞれの新しい状況に以前の知識と経験を持ち込むため、転移はすべての新しい教授に存在するのである(全米研究評議会、1900)。この認知能力は多大な結果をもたらす。もしこれが欠如していれば、すべての学習は特定の事例に限定されたままとなり、教育者の時間の多くは、新しい機会のたびに技能を教え直すという退屈な作業に浪費されることになるからである。 この現象には様々な形態が見て取れる。「正の転移」は、以前の学習がその後の学習を容易にし、助ける場合に発生する。例えば、標準的な馬のチームで馬車を操る術を習得すれば、他の同様のチームを導くことは遥かに単純な作業となるはずである。逆に「負の転移」は、以前の学習が新しい知識の習得を妨げたり、より困難にしたりすることを意味する。手動の馬車を運転することで形成された習慣は、自動化された車両を操ろうとする際に不利益をもたらす可能性がある。運転者は本能的に幻のレバーに手を伸ばし、機械装置を確実に危険にさらすからである。最後に「零の転移」は、ある種の学習が他の学習に対して識別可能な影響を及ぼさないことを示す。馬車の運転を学ぶことが、計算機の操作にいかなる関係も持たないのと同様である。 この主題に関する現代の認知的見解は、転移の多大な複雑さを認めている(パイ、1901)。ある種の単純な技能は習慣によって転移するように見えるが、この作業の多くは高次の思考と、自らの知識の有用性に対する確固たる信念を必要とする。本論は転移に関する歴史的観点の簡潔な調査から始め、続いて認知的見解と学徒の教授における転移の関連性についての論考を行う。
技術と教授
近幾年、主に電子学習や遠隔学習を媒介として、教授の領域内において機械的な技術や装置の極めて迅速かつ驚くべき拡大が目撃されている。「技術」を計算機や分析機械などの物理的設備のみと同一視する者は多いが、その真の意義は遥かに広い。それは学徒の精神を従事させるために意図された、設計や環境そのものに関わるものである。そのような進歩が知性に及ぼす影響についての科学的探究は着実に増加しており、これらの技術を日々の教育学に注入することを妨げる障害を取り除こうとする努力もまた増えている。 誠に、これらの現代的な手段は、以前には想像も及ばなかった方法で教授を促進する潜在能力を秘めている。それほど遠くない過去において、教室でのそのような驚異の適用は、幻燈機、シネマトグラフ、無線、および同様の珍品に限定されていた。しかし現在においては、学徒は普通の教室では決して実現し得ない環境や出来事のシミュレーションに参加することができる。彼らは遠方にいる博識な人々から教授を受け、書信を交わし、膨大な知識の宝庫や専門的な指導システムと相互に作用することができるのである。 研究者には大きな課題が待ち受けている。すなわち、思考の符号化、事実の保持、知識の転移、および問題の解決において、これらのメカニズムが学習者の認知能力に正確にいかなる影響を及ぼすかを見極めることである。コンピュータを用いた環境や遠隔地で行われる教育に触れる本節の観察は、それらを使用するための単なる実用的な手引書ではない。むしろ本論は、学習という行為そのものにおいて、そのような技術が果たす深遠な役割に視線を据えているのである。
認知学習プロセス:教授への応用
本章において、ここで扱われる原則のいくつかの応用例が忠実に提供されている。この結びの節では、議論された多くの崇高な原則を反映する3つの追加の応用例、すなわち、学習例(worked examples)の研究、作文の技術、そして数学の科学を提示する。